2024年12月実施 『工学系学生のための海外留学フェア』 アーカイブ動画
(香港科技大学、バンドン工科大学(インドネシア)の留学体験談)
2025年11月実施 『工学部海外留学報告会』 アーカイブ動画
(ワシントン大学(米国)、ルンド大学(スウェーデン)の留学体験談)
甲斐 健太郎(工学府土木工学専攻2年)
留学先:国立台湾大学
派遣期間:2024年9月~2026年1月
【はじめに】
私はダブルディグリープログラムという制度を利用して国立台湾大学に留学しました!なんと一年プラスするだけで九大の院卒と海外大の院卒もとれちゃうという超オトク(?)な制度です!修士論文も一本でいい!国内では絶対にできない経験がいっぱい!皆さんもぜひ台湾へ!
【留学を決めたきっかけ】
私は今回台湾に行くまでは一回も海外に行ったことがなく、英語も全然話せなかったので、一生日本で生きていこうと思っていました。しかし、大学1、2年生をコロナ禍で潰され、なんとなくつまらないなぁと思っていた日常を変えたいという思いから今回留学を決断しました。
【語学の不安】
高校の頃から1番苦手な教科は英語でした、TOEICも院進に必要だったため勉強しただけで、留学前は留学に必要な英語力としては全く足りてなかったと思います。そんな状況での留学でしたが、幸いなことに台湾の公用語は中国語(台湾華語)なので漢字が読めれば生きていけました。日本と違って店員さんにも簡単な英語は通じるし、最悪日本語が話せる台湾人の方が各店舗に1人ぐらいに割合でいるのでなんとかなります。語学力というよりかは自分の意思を伝えようしたり相手の意図を汲み取ろうとするコミュニケーション力の方が大事だと思います。
【留学での学び】
自分とは異なる文化や地域で育ってきた人々との交流を通じて視野が広がりました。
また、国内にいるだけでは絶対に分からない、海外から見た日本の印象を知ることができました。

【留学で楽しかったこと】
新しい友達がたくさんできました!
台湾人の友達、他の国から留学してきている友達、日本各地からの留学生と本当に幅広い人と関われたと思います。冬休みには1番仲が良かった台湾の友達の実家にお邪魔させていただきました。

留学の成果:
英語 TOEIC 720→825
中国語 ほぼ0→日常会話程度
友達:世界中にたくさん
研究:数値モデルの技術を習得
山根 舞香(工学部応用化学科4年)
留学先:クイーンズランド大学派遣期間:2025年2月~2025年11月
学部3年生の終わりからおよそ1年間、オーストラリアのクイーンズランド大学に交換留学しました。今回は留学に挑戦することになったきっかけや体験、そして成長についてお話させていただきます。
私にとって初めての海外経験は学部1年生の終わりに工学部短期留学プログラムELEPに参加したこと。たった2週間の滞在だったのでもっと長く居たい、もっと現地のコミュニティに入り込んで海外につながりを作りたいと思い長期留学を考え始めました。ところが留学によって九州大学では1年留年することになるため、正直不安や友人と一緒に時間を過ごせないことへの名残惜しさなどもありました。しかし九大の先輩や教員の方々、周囲の人たちに背中を押してもらったおかげで、せっかく1年間を費やすのならいっそ有意義なものにしようという前向きな原動力として捉えなおすことができ、今ではそれ以上の価値ある時間を過ごせたと胸を張って言えるほどです。
私が通っていたクイーンズランド大学のセントルシアキャンパスは蛇行するブリスベン川のほとりに位置しています。キャンパス内には大きな湖があり湖畔は緑や花々で囲まれ、日本では見たことのない大きさや色合いの鳥やトカゲが手の届きそうなほど近くにいて自然を満喫することができます。ストレスが溜まりがちな課題や試験期間中も、屋外のベンチや机で勉強をして気分転換をすることもありました。普段ストレスで体調を崩しがちな私にとっては、こうしてこまめに肩の力を抜く時間は欠かせないものでした。授業終わりはキャンパス内にあるコートでビーチバレーやテニスをし、友人との交流も図りながら身体を動かしました。おかげで体調を崩すことなく学業に集中することができ、日本では疎かにしていたストレス対処がタスクパフォーマンスを向上させるためにどれほど重要か痛感しました。そして限られた時間、資金、エネルギーをいかに有意義に使うかも真剣に考えるようになりました。
現地の大学では専門分野の物質化学はもちろん、マーケティングや栄養学、食品化学などの授業も履修しました。ほとんどの授業はワークショップや実習が組み込まれていたため、ディスカッションやプレゼンテーションの機会も多くあり能動的に学ぶ姿勢が身に付きました。初めは慣れないアクセントやスピードの英語での授業やディスカッション、大量の文献調査や課題に苦戦し折れそうになったこともありました。しかし現地の学生たちの学びに貪欲な姿勢や一緒に勉強してくれた仲間、教員の方々の厚いサポートに助けられたおかげで乗り越えることができ、素晴らしい成長機会になりました。
学業以外ではキャリアイベントや交流会、クラブ活動などに参加し、そこで出会った人たちの生き方や働き方に触れたことで、今後のキャリアの築き方のヒントを得ることができました。特にオーストラリアの社会人と学生の交流会は印象的で、どの方も自身の仕事に誇りを持ち、楽しんでいると胸を張って語っていた姿に感銘を受け、ワークライフバランスの重要性も強く感じました。そして年齢に関係なく学び続ける方に多く出会い、キャリアの選択肢の多様性も知ることができました。驚いたことに多くの方々が日本に好意的な印象を持ってくれていて(もちろん私が日本人であるからということもあるかもしれませんが)こちらから話を振らなくても日本の文化や人々の素晴らしいところを次々と熱く語ってくれたことは嬉しく誇らしかったです。ELEPでアメリカに行って日米の産業の体力差を目の当たりにしたときは、近年の日本の労働、経済、社会状況を鑑みると、日本の将来に対して少し残念な、諦めに近い感情を抱かざるを得ませんでした。ところが今回留学を経て世界でも高い評価を得ている日本の良さに改めて気づき、守っていきたいと強く感じるようになりました。


この1年間で得られたつながりや価値観、語学力、スキルはこれからも一生の宝ものになると確信しています。この海外経験とこれから身に付ける専門知識を組み合わせて私だからこそできる方法で貢献したいと考えられるようになりました。留学は、海外経験への憧れといった小さな動機から始まり、最終的にどのように社会貢献できるのかを考えるレベルまで急速に昇華できる機会だと思います。一人でも多くの方が実りある経験ができることを願っています。
楠見 健太郎(工学部電気情報工学科4年)
インターンシップ先:NXPセミコンダクターズ
派遣期間:2022年8月~2023年7月

山を背景に線路のそばで撮っている写真: 休日に思いつきで行った小旅行で、ふらっと降りた駅の近くで撮った写真。アルプスの山々が綺麗でした
大学入学前からサイバーセキュリティ分野に興味があり、現在は工学部電気情報工学科でこの分野に取り組んでいます。
IAESTEへは2021年の秋(2年次)に応募し、選考を経て冬前に派遣候補生になりました。翌年7月に無事派遣が決まり、バタバタの中8月にオーストリアへ渡航しました。派遣先のNXPセミコンダクターズは文字通り半導体を開発する会社で、その中で、クレジットカードなどICカードに乗せられるICチップ向けのソフトウェアを開発する部署へ派遣されました。サイバーセキュリティに興味があった私としては、セキュリティが特に重視される開発部署への派遣はまさに願ったり叶ったりでした。

ディナーパーティー: インターンシップが終わる時、グラーツ支社所属のチームメンバーにご飯に連れて行ってもらったときの写真。1年間とてもお世話になり、またパーティーまで開いてもらって本当に嬉しかったです
渡航前は英語力、とりわけ話す能力に自信がなく、現地の公用語がドイツ語というのも相まって、コミュニケーションができるかがとても不安でした。しかし、いざ実際に働き始めてみると、自己管理などの方がむしろ大変で、コミュニケーションは全然問題なかったです。周りの方々が優しくて、案外気兼ねなく話すことができました。最終的には、プロジェクトマネージャーから成長したねと太鼓判を押してもらえるほど、英語については不自由なく会話できるようになりました。会社の外では音楽の都ウィーンへオペラを観に行ったり、各所の地ビールを飲み比べに行ったり、部署での川下りイベントなどに参加したりと、充実した生活を過ごせました。
派遣を通じ、英語力が上がったり、より実際的な知識を得られたり、友人を作れたりと、視野がぐんと広がりました。なにより、派遣前は曖昧だった自分の進路について、より明確になり魅力的に感じられるようになりました。1年休学しての経験でしたが、その価値が十二分にあったと強く思います。海外インターンシップの経験は、人生を左右しうる、なかなか勇気のいる決断だと思いますが、ぜひ恐れず挑戦してみてください!

勤務最終日に看板の前でビール片手に撮ってもらった写真。達成感と、寂しさと、やっと日本に帰れる嬉しさが混ざった不思議な感覚でした

ウィーンの友人に観光に連れて行ってもらったときの写真。ウィーンの街並みは建築様式がとても綺麗でした
岡野 翔大 (工学府土木工学専攻1年)
留学先:国立台湾大学
派遣期間:2023年8月~2025年1月
私は修士1年の夏からダブルディグリープログラムを利用して国立台湾大学に留学し、地盤工学を専攻しています。
もともと、外国と比較した日本の産業の強みについて外からの視点で知りたいという思いがあり留学を希望していました。しかし、ちょうどその時期がコロナ禍と重なり、学部では留学することができませんでした。修士に進学するタイミングで研究の担当教員から留学の話を聞き、これはまたとない貴重なチャンスだと考え、留学することを決めました。
国立台湾大学は台湾北部の台北市に位置し、福岡からわずか2時間ほどで到着します。この立地の利点は欧米の大学と比較しても大きいと思います。例えば、工学部の学生は卒業の1年半前の夏休みに就職活動の一環として長期インターンシップに行くことが一般的ですが、台湾からなら問題なく参加でき、さらに留学中の経験もアピールできます。
国立台湾大学の土木工学科ではすべての授業が英語で行われており、学生は英語が非常に堪能です。中国語の能力不足による問題は全くありませんでしたが、初めのうちは自分の発音(いわゆるカタカナ英語)に自信がありませんでした。しかし、ベトナムやインドネシアなどから来た留学生が自国のアクセントで堂々と話しているのを見て、発音の綺麗さではなく態度が重要だと気付き、自信をもって意見を述べられるようになりました。その結果、海外の学会に台湾大学代表として参加したときにはタイの大学の教授から「あなたの研究はとても興味深く、何より発表が良かった。これからも頑張ってください」と褒められました。
また、私が台湾での留学で得た最も価値のあるものは、研究室の友人たちです。彼らは外国人である私を特別扱いせず、よく食事や遊びに連れて行ってくれます。ほとんどのお店が閉まる旧正月の時期には、実家に招待して台湾の伝統的な食事をふるまっていただいたこともありました。彼らとは文化や価値観は異なりますが共通の目標である研究や学業を通じて結びついています。彼らとの交流を通じて、異なる文化や価値観を理解することができ、自分自身も成長することができたと感じています。


小澤 翼 (工学部機械航空工学科 航空宇宙工学コース)
留学先:シンガポール国立大学
派遣期間:2019年8月~2020年3月
私は学部3年生の夏から約1年間シンガポール国立大学へ留学していました。学習・私生活がともに充実した最高の時間を過ごせました。今でもCNA(シンガポールの国営メディア)ラジオでシンガポールの渋滞情報を聞くと馴染みある道の名前がたくさん登場し、懐かしい思いが込み上げてきます。
シンガポールでの生活で特別だったことを挙げるとするならば、まず真っ先に思いつくのが友人です。特に人工衛星の授業を一緒に受講し、設計コンペにも出場した現地生の友人は寮が同じだったこともあり、今でもZoomで時々話します。彼とはほぼ毎朝ランニングに一緒に行き、お互いが所属する団体の運営方法など身近なテーマから政治・歴史・人生の価値観についてなど、様々なことを話しました。互いに異なる主張をすることもしばしばでしたが、何か大きな国際ニュースがあるたびに ”What do you think ?” と聞かれ、真っ向から意見が衝突することがあっても、それを是とできる関係は非常に心地よく刺激的であると感じました。また、現地で出会った交換留学生の日本人の中で生涯にわたって付き合いが続くであろう大切な友人に出会えました。留学は普段の環境とは違った属性の人たちと巡り合い、彼ら彼女らと関係を築く絶好の機会だと思います。
また、留学を通して得たスキル(?)について考えると、3つのものが挙げられます。まず一つ目は英語で行うプロジェクトでも「なんとかなる」と思えるようになったことです。私の当初の留学計画ではコロナがなければ現地の人工知能を扱う研究所でインターンをする予定でした。ある日私が送った応募メールへ「明日オフィスに来れるか?」という返事が来て面接に行ったのですが、勉強不足のまま面接に臨むことになり人生で一番脂汗をかいた30分を過ごしました。研究所の開発プロジェクトのマネージャーたちから矢継ぎ早にくる質問に対して冷や汗をかきながら拙い英語で返事を必死に考えました。その後受け入れが決まるもコロナで帰国が決まり、そのインターンには行けませんでしたが面接だけでも良い経験になったと思います。また、先述の人工衛星のコンペではチームリーダーとして出場名簿に自分の名前を記録しました。しかしメンバーたちと会議を開いて話し合いが始まり議論が盛り上がってくると、訛りが入ったスピーディーな英語についていけなくなり基本的にオブザーバーのような立ち位置になってしまうことが多々ありました。これについては最後まで克服することはできませんでしたが、少しでも自分の存在感を出そうと人工衛星についての勉強は捗りました。したがって、コンペへの参加を通して専門性と語学力が向上したことは間違いありません。以上のように、留学を通してなんとかなる(する)力・専門性・語学力の3つが向上したと思います。
現在私は航空宇宙工学科の研究室に所属し、オーストラリアの共同研究先と人工衛星のエンジンの開発に取り組んでいます。そういった事情からミーティングや研究報告も英語で行っています。そうした中で、九大に入学した時と比べると「日本と海外」という境界線が格段にボーダーレスになってきているのを感じます。まだまだ専門性も語学力もひよっこですが、着実に進歩しているとは思います。その中で交換留学が果たした役割はとてつもなく大きいです。少しでも興味のある方は学部生のうちに一度交換留学を経験されることをお勧めします!